室生寺
概要
室生の渓谷に沿って山腹に伽藍が広がる真言宗の古刹です。女人禁制であった高野山に対し、古くから女性の参詣を受け入れてきたことから「女人高野」と呼ばれてきました。高さ約十六メートルの五重塔は屋外に建つ五重塔として国内最小で、その小ささゆえに独特の可憐さがあります。奥の院へは七百段近い石段が続きます。四月下旬から五月にかけては、山内を埋める石楠花が見頃を迎えます。
歴史
室生寺の創建は宝亀年間(七七〇年代)と伝えられ、山岳信仰の地に開かれた寺です。
【創建(七七〇年代〜八〇〇年頃)】
室生の地は古くから雨を司る龍神の住まう聖地と考えられ、朝廷が雨乞いの祈祷を行う場でした。山部親王(後の桓武天皇)の病気平癒の祈願が室生山で行われ、その効験によって興福寺の僧・賢璟が国家事業として寺を創建したと伝えられます。以後、興福寺の別院として法相宗に属しました。
【真言宗への転換(一六九八年)】
長く興福寺の支配下にありましたが、元禄十一年(一六九八年)、五代将軍徳川綱吉の生母・桂昌院の援助を得て真言宗に改まり、独立した寺院となります。この頃から「女人高野」の呼称が広まりました。高野山が明治まで女人禁制を貫いたのに対し、室生寺は女性の参詣と修行を受け入れており、多くの女性信徒を集めています。
【五重塔】
境内の石段を上った先に立つ五重塔は、高さ約十六メートル。屋外に建つ五重塔としては国内で最も小さく、法隆寺の五重塔のおよそ三分の一です。建立は平安初期、八〇〇年前後とみられ、室生寺で最も古い建物です。小さいだけに屋根の逓減が緩やかで、檜皮葺きの軽やかな印象があります。
【平成の台風被害と修復(一九九八年〜二〇〇〇年)】
平成十年(一九九八年)九月、台風七号によって境内の杉の大木が倒れ、五重塔を直撃しました。屋根と軸部が大きく損壊し、千二百年立ち続けた塔が半壊するという事態に、多くの人が衝撃を受けます。全国から寄せられた寄付により修復が進められ、平成十二年(二〇〇〇年)に竣工しました。倒木を防げなかった反省から、境内の樹木管理も見直されています。
【仏像と近代(一八六八年〜)】
金堂の釈迦如来立像、弥勒堂の釈迦如来坐像など、平安初期の一木造の仏像を多数伝えています。翻波式と呼ばれる衣文の彫りが深く、量感のある体躯が特徴で、日本彫刻史における平安初期様式の基準作とされます。奈良市街から離れた山中にあるため大規模な兵火を免れ、これらが今日まで残りました。現在は真言宗室生寺派の大本山です。
💬 コメント
金堂の仏像はどれも平安初期のもので、衣の彫りが深く迫力があります。奈良の寺とはまた違う印象。
五重塔が想像よりずっと小さくて驚きました。屋外の五重塔では日本最小だそうです。小さいぶん愛らしい。
奥の院までは七百段近い石段です。息が上がりますが、上まで行くと人がほとんどおらず静かでした。
平成十年の台風で杉が倒れて五重塔が半壊したと聞きました。修復後の姿を見られるのはありがたいことです。
近鉄室生口大野駅からバスです。本数が少ないので時刻表を確認してから行ったほうがいいです。
石楠花の季節に行きました。四月下旬から五月にかけてが見頃で、石段の両側が花で埋まります。
奈良市街からかなり遠いですが、来る価値はあります。渓谷沿いの山道を上っていく道中から既に参拝が始まっている感じがしました。
高野山が女人禁制だった時代に女性を受け入れてきたので女人高野と呼ばれると知りました。そういう背景があってこその古刹です。
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